贈り物という魔物・丁度いい塩梅とは?外すと、贈り物は噛みつく

ものが持つ記憶を紐解くイメージ 記憶ともの

贈り物をするのが好きだ。渡す人のことを想像して喜んでもらえる1品を探すというプロセスが最高にエモい。

贈り物をいただくなら、最高に良い笑顔でありがとうを伝えたい。こちらが、無意識で最高の笑顔になれる贈り物を選ぶ人が、世の中には一定数、存在する気がする。

今日はその両方のはなし。ただし、筆者の体験談であり再現性の保証はできない。

花瓶

20代半ば、友人の結婚祝いとして、はじめて選んだ贈り物が「花瓶」だった。これを選んだのには理由がある。友人からのリクエストだった。

友人曰く、「親戚からとても立派な花瓶を頂いた。でも、立派すぎて狭いアパートでは置き場に困る。大きな花束を頻繁に飾る余裕もない生活では、使う場面がない」。だから、生活になじむシンプルなデザインの花瓶が欲しい、と。

なるほど。使い勝手が“ちょうどいい”ことは、思っている以上に大事なのだと、このとき初めて腑に落ちた気がする。

丁度いい塩梅とは、気持ちの大きさではなく、生活にどれだけなじむか。今思えば、その感覚を、この花瓶から教わったのだと思う。

壁掛け時計

旦那から無理難題を押し付けられた。1度もあったことのない旦那の同僚の結婚祝いを選んでほしいという。

わかっていることは、「20代後半・女性側に贈る・新婚で新居に引っ越した」のみ。ある意味、雑音がない。たぶん無機質な部屋だろう。

生活の邪魔にならないものがいい

飾るだけのものは後々邪魔になりやすい。そこに飛び込んできたのが「壁掛け時計」だ。

しかも時計としての機能性が高い。文字盤の周りにフォトフレームが組み込まれている。無垢材の質感もいい。自宅に欲しいくらいにいいと思ってそれにした。

後日、「奥さんの好きなものは?」としつこく聞かれたと言っていた。贈ったのは旦那だよ?

スカーフ

退職する人に記念品を贈る習慣のある職場にいた。自分と同僚とで幹事になった年度は、退職者が多かった。

記念品は「みんな」からという形で渡す。つまり幹事はみんなの代表という重責。

無難に消えモノ(花束)を渡すのだけは嫌だった。花束は、贈られるシーンによっては、嬉しくない贈り物に入ることも多い。帰りに駅で捨てたというような話も最近ではSNSで見かける。

使わないとしてもつぶしが効くものがいい

その人がもし気に入らないと感じたとしても、家族や友人にあげられるような物を選びたかった。そして浮上したのが、自分がよく行くスカーフ専門店。

専門店だが高くないというのがみそ。専門店だから多様なデザイン・色違いなど品揃えがとにかく豊富である。

贈った退職者のひとりは、その店の常連になった(知っている限り)。

エプロン

エプロンは、上記の職場を自分が退職するときに頂いた品だ。

「贈り物としては地味じゃない?」と感じた人も多いだろう。これには、『意味』がある。その意味こそが、価値である。

選んでくれたストーリーに価値がある話

選んでくれた人が、「結婚祝いで貰って凄くよかったもので、独身でも持っていたほうがいいものだ」と感じたと言った。「お葬式はある日突然やって来る。職場関係だったら若手は裏方仕事をする可能性が高い。そんなときに恥をかかないように、白のきちんとしたエプロンを選んだ」と。

素晴らしい選択だと思った。真似しようとも感じた。

そのエプロンは幸い使用する機会がないまま黄ばんでしまい、黒く染めて使用している。

造花ですらない花

筆者は花が好きだ。彼氏からのプレゼントは花束がいいと夢見ていた。1度ももらったことがないまま今に至るのだが。で、件の「造花ですらない花」であるが、誕生日プレゼントとして受け取った。

これを選んだ時点で関係は終わっていたのかもね?

これゴミ?と思いながらもお礼の言葉を伝えるべく電話をした。そして相手はキレた。理不尽な理由である、「配達日指定で贈ったのになぜ今日なんだ?」と。

知らねーよ、配達業者に言えである。別れるよね、当然。

腕時計

上記の彼氏ではない、もっと若かりし頃の淡い思い出。彼氏の誕生日プレゼントに腕時計を贈った。それから半年ほどした筆者の誕生日に、筆者が贈ったのと同じデザインの腕時計を探してプレゼントに選んでくれた。

「探し回った」という言葉の価値

丸井で買ったものというのは、包装紙でわかっていたそうで、かなりの店舗数の丸井を見て回ったと聞いた。まさか筆者の地元の丸井だったとは・・・と笑っていた。ほかの店には同じデザインの時計はおいてなかったんだね。

お揃いを選んでくれたこと、探し回ってくれたこと、何よりもお揃いを使いたいと思うほど筆者が贈った腕時計を気に入ってくれていたことが嬉しかった。

おわりに

贈り物は、それを贈ったその日・その瞬間だけで完結するものではないと思う。義務感で選んだ品というのは、その思想が透けて見える。魔物だ。

ずっと使いたい、そばに置いておきたいとおもう贈り物をいただいたときの嬉しさは言葉にならない。

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