人間関係と仕事、物理的にどうにもできない様子をあらわしている 体と向き合う暮らし

母はよく「娘さんがそばにいて安心ですね」とか「よくしてもらえて幸せですね」と声を掛けられるらしい。結婚してもなお、両親との同居を望んだのはむしろ筆者のほうなのに。

仲はたぶん良いほうだと思う。実の親子だからこそ、遠慮なく文句が言える。

「うるさい小姑」という異名を拝命した高校生のわたし

母は掃除とか整理整頓が壊滅的なレベルでできない。筆者は整理整頓が、恐ろしいレベルで得意。趣味、模様替え。どれだけモノを移動させても「〇〇どこ?」と聞かれれば一発でありかを伝えられる。

なので、雑然とした台所や居間がとても嫌だった。

丸ごと買ってきた白菜が何かの影にかくれて忘れられ朽ちていくみたいなエピソードは1つ2つではない。むしろ日常茶飯事がデフォルトである。

で、大掃除の段取りをして、母を顎で使うと「うるさい小姑」と言われてしまったのである。

私たち親子じゃないもんもんね~と笑い合う2人 

整理整頓の1点だけが真逆である以外は、かなり似た者同士らしい?旦那に言わせれば、こんだけそっくりの母娘みて「親娘じゃないもんね~」って誰が信じるんだよ!と言っていた。

台所を使いたいと思った時、まず片付けるところから始まるのが、どうにも耐えられなかった。その度によくケンカをした。

整理整頓に関して、毎回ののしりあう。その結果、「母娘じゃない=この件は永遠に諦めよう」に着地したというだけの話なのだ。

おわりに

母娘であっても、人格は別。誕生日が1日違いでも全く異なる性格になるらしい。お互いに相容れないものがあるのは、デフォルト。

親子じゃないから「うるさい小姑」って言われても何とも思わない。一生言ってろ、である。こき使う、助けられる、持ちつ持たれつな関係はたぶんずっと同じ。

出来るなら、この関係が永遠であって欲しい。

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