選ばなかった道とそこにあるもの

こころと揺らぎ話表す 体と向き合う暮らし

AかBかを選ばないといけない、そんな選択の繰り返しで人生はできている。選んだものは正しかったのか?ふと考えることはあるだろう。

つまり、選ばなかったものは正しかったのか?も、無意識レベルで同時に考えているのではないか。

「選ばれなかった」話も含めて、拾ってみた。

過去一「ここで働きたい」と思った会社

これ、マジである。求人票はさすがに残っていないけど、この過去一、更新されていない。

面接で「〇〇市の施設で働いてくれるなら」と条件付きで合格を貰った。そして、断った。

ここは職務内容もお給料も・・・何もかもが魅力的な会社。面接官だった人は、そこで働けば上司にあたる人。この人も魅力的で、この会社を体現しているような人だった。

揺れたのは勤務地問題

それでも断ったのは、勤務地の問題だった。求人票と違う場所を提示された。

物凄く揺れた。

生活の質を下げる勤務地は選べない、その判断は正しかったと思う。振り返って、両者を天秤にかけてみても、答えは同じ。

重度重複障害の支援事業所

仕事は介護。障害者支援の施設なので、仕組みは介護保険とは異なる。だが、業務内容は、食事の介助・下の世話・入浴・レクリエーションなど介護施設との違いはほぼない。違うのは、利用者さんの年齢だろうか?

重度であっても、日本では学校教育は保証されている。なので中学(高校)までは何とかなるケースが多い。そこから先が正直大変である。

法律によって居場所が保証されなくなるのだ。ポイっと世間に放り出される。多くの重度障害者は自宅介護を受けている。

そこを何とかしようという施設が今回の話題の会社だ。B型事業所と入所施設を運営している。対象者は重度重複障害者。

「年間で1000円」稼いだという事実に涙する家族

1年間で1000円行くか行かないかの工賃に大粒の涙を流す家族が多いと聞いた。工賃とは世間一般でいうお給料のようなもの。B型事業所というのは、お給料の支払いを保証していない。障害者に居場所を提供し、働く喜びを体感してもらう場所である。工賃はその一部である。

ここは、障害者自身がお金の価値を実感し喜ぶという段階にない重度の障害者のための施設である。そんな施設で、職員が懸命に支援し年間でやっと1000円の工賃を生み出す。そのことを家族は知っている。

涙は、喜びと感謝なのだと思う。それを体験したかった。

引っ越しという選択に揺れた

面接で「近所に越してきてくれるなら即決です」という嬉しい言葉を貰った。しかし断った。この時点では大病をしたことはない、しかし体調の揺れが大きいという性質がある。それが一人暮らしを決断する妨げとなった。

施設が自宅の近所だったら・・・という、ないものねだりはしないことにしよう。

リハビリ特化型デイサービス

この会社、今まさに父が通っているデイサービスなのである。父も、職員も、過去に筆者がここで働きたいと思ったことがあるのは知らない。

父が通っているのを見ていて思うことは1つ。やっぱり良い会社だったんだなという事。

筆者が面接を受けたのは、施設がまだ完成する前のオープニングスタッフ募集の時の話である。なので、他のすでに運営している事業所を案内しそこで面接するということになり駅で待ち合わせとなった。

みちすがら雑談という名の面接が始まっていた・・・これは、あれから20年近くたった今だからこその思い。

伝え方を間違えた!!

これも経験。これも人生。

おわりに

選ばなかったことへの後悔はない。また、選択を迫られたとしても同じ道を選ぶという確信があるからだ。

私は、守られる時代(終身雇用制度)と、自己責任の時代(転職の自由・キャリアの可能性)のちょうど境目に立っていた。だから、どちらも少しずつ知っている。どちらが良いかは、今も分からない。

選択できる人生でよかった、マル。

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